KPOキリンプラザ大阪が閉館・解体へ |
道頓堀のキッチュなポストモダン 誕生20年、解体へ
asahi.com:2007年09月23日12時00分
派手さが売りものの大阪・なんばの電飾看板にも負けないユニークな外観を誇ったKPOキリンプラザ大阪が、10月31日で閉館し、来年にも取り壊される。キリンビール(現キリンホールディングス)によって、大阪からの現代美術の発信基地として完成したのが20年前の1987年。キッチュなビルの解体とともに、大阪発現代アート興隆の夢は泡と消えるのか。
KPOビルは、道頓堀の戎橋のたもとにある。バブル期に強烈な個性をはなったポストモダン建築で、地上7階、地下1階。設計した高松伸さんは89年に日本建築学会賞を受賞し、同年の米映画「ブラック・レイン」にも登場した。
ビル完成に合わせ、キリンビールは90年、若手の現代美術家を発掘する賞「キリンプラザ大阪コンテンポラリー・アワード」を創設。後に「キリンアートアワード」と改め03年まで継続した。同賞受賞作はビル4〜6階のギャラリーで展示され、ヤノベケンジ、束芋、キュピキュピの石橋義正の各氏らを世に出した。
そんな個性派ビルだが、取り壊しは決定的。関係者によると、ビル解体を条件にしたコンペで売却先を選定。来年2月以降に売却、取り壊される予定という。
キリンホールディングスは(1)ビルと敷地を所有する子会社との20年間の賃貸契約が10月末で満了する(2)ビル内装の老朽化が進み、10億円以上の改修費が見込まれる、などの理由から高松さんに打診。「朽ちていく姿をさらすより、解体のほうがよい」と理解を得られたため取り壊しを決めた。
また、同社は「今後、より生活に密着した芸術文化を支援する方向で検討中」としており、現代アートからの撤退をほのめかす。ビール会社から「食と健康の総合企業」への脱皮を図り、今年7月に純粋持ち株会社に移行。新たな企業イメージ戦略を模索しているところだ。
関西を拠点に活動する美術評論家の加藤義夫さんは「企業メセナ全盛の20年前でも、現代アートには二の足を踏んだ。勇気を出して、大阪でよくぞ現代アートをやってくれた」と評価しながらも「あのビルは大阪のランドマークに定着しつつあり、残念」と言う。
ビル保存を望む声もある。五十嵐太郎・東北大大学院准教授(都市建築理論)は「80年代の未来型SF建築だけに何とか残してほしい」と訴える。
五十嵐さんは03〜06年、KPOビルでの展覧会運営にかかわった。それだけに「現代美術のほか建築展もできた貴重な場だった。経済に左右される商業建築の宿命とはいえ、日本のバブルの熱気を伝える建物が消えるのは寂しい」とあきらめ切れない口ぶりだ。
KPOキリンプラザ大阪(竣工:1987年、設計:高松伸)のサイトの沿革によれば、この土地には1958年より映画館・ビアホールなどが入居する「キリン会館」があり、1987年より企業メセナの一環として現代アートを中心の芸術文化支援活動の拠点となったそうです。なお、2007年8月20日のプレスリリースによると跡地については売却する予定とのこと。
キリンホールディングスの中期計画(2007-2009年)によると、頭打ちの国内のビール販売に対して飲料では総合飲料メーカとしての統合・効率化(キリンビバレッジ、メルシャンの株式取得等)と健康・医薬を次のコア事業として育ててゆく旨があります。「KIRINブランドの価値向上」の項では「環境への取り組み、スポーツ支援、食文化振興」を挙げており、今後の計画とKPOのようなアート支援が結びつかず、今回の売却により経営効率化を進めると共に、新事業への投資を行うのではないかと推察されます。
私もKPOについては色々な思い出があり閉鎖を残念に思う一人ですが、企業メセナとしての現代アートが時代にそぐわないものになってきているのも事実ではないでしょうか。今回の記事では五十嵐太郎氏がコメントを寄せていますが、穿った言い方をすれば「あの頃は良かった」と仰っているように見えます(当然、新聞記事ですから発言の一部なのでしょうが)。KPOの展覧会運営に関わった方だけに「企業のCSR活動の一環としての芸術支援活動」を考慮されていたのでしょうか。疑問に感じます。
少なくとも「アート・マネージメント」の面から社会的効果を企業側に訴えるような動きが有っても良いのではないか、と思います。現代舞踊や横浜ジャズプロムナード(と赤レンガ倉庫)、ニューイヤーコンサート等のキリンの芸術文化支援活動の内、なぜ現代美術がはじめに切られる事になったのか?KPOの現代美術における貢献が大きかったとすれば、このことを関係者は考えていかなければならないのではないでしょうか。
このような言い方はアート関係者にとっては勝手な言い草のように思われるでしょうが、築20年で解体、というのは建物の寿命として短すぎます。シンボル的な建物の存続を考えれば、ソフトやマネジメントの変更が想定されて当然だと思うのです。
五十嵐さんの「商業建築は経済に左右される」から所有者が決定すれば壊しても仕方ない、というようなコメントは常套化してしまっていますが、そうでしょうか?では「商業建築」ではない建物とは何ですか?では「公共建築」であれば税金を幾ら垂れ流しても問題ないのでしょうか?
要は株主にしろ市民にしろステークホルダーの利益を阻害するから壊すべきだと判断されるのです。発言力のある専門家に期待されるのは通り一辺倒のお悔やみではなく、阻害要因を取り払う可能性を示し、所有者の認識以上に建物の価値があることを示すことだと思います。
なお、NTTのICC、ワコールのスパイラルなど、企業メセナとして始まった現代アートの拠点は非常に多くありますが、これらの所有企業の動向と併せて今後注目していかなければならないと思います。