鹿児島・天文館の老舗キャバレー・エンパイアの解体が進んでいます。最盛期の70年代には
にしきのあきらを輩出するなど、夜の社交場として栄えたそうです。昭和然とした盛り場の衰退は時代の流れとはいえ、そのまま消えていくのはさびしいものがあります。8月に
取り壊しを伝える記事が出ていますのでそちらもクリップしておきます。
エンパイヤビル解体急ピッチ 3分の1終了/天文館
南日本新聞:12月17日
鹿児島市千日町のエンパイヤビルの解体工事が急ピッチで進んでいる。高層ビル群に囲まれた繁華街の中心部に現れた巨大な廃虚。夜の社交場として栄えた姿とはほど遠い。鉄骨がむき出しになったビルからは、中核店舗だったキャバレー「エンパイヤ」の巨大なフロアがのぞき、夜ごと繰り広げられた昭和の宴(うたげ)が今にもよみがえってきそうだ。
解体工事は10月中旬から始まり、これまでに建物の3分の1ほどが終了した。キャバレーのステージ側から解体され、残るは、客席があったフロア部分。ミラーボールなどが往時の雰囲気を伝える。17日朝はこれまでの解体で出た鉄骨を集める作業が行われていた。
街の主役だったことを物語るように、ビルに張り付くように建物が何軒も立つ。周囲の建物への影響も予想されるため、工事は騒音や振動を測定しながら進む。来年1月末にはすべて壊され、更地になるという。
近くで割ぽう料理店を営む稲田孝徳さん(63)は「室内を見るとあらためて大きな建物だったと気付かされる。遊びの場だけでなく社交の場も兼ね備えたエンパイヤのような店はもう出てこないのでは」と寂しげに話した。
エンパイヤビル解体へ 昭和の灯消える/天文館
南日本新聞:8月9日
老舗の大型キャバレーを中心に飲食店などが軒を連ね、昭和30年代以降、鹿児島市・天文館地区の中心的存在だったエンパイヤビル(同市千日町)が、再開発のため取り壊されることが8日、分かった。所有する天文館開発(同市松原町)によると、建物内や周辺環境の調査終了後に解体工事に着手し、11月末までには終えたい意向だ。関係者からは「昭和の天文館の灯が消える」と惜しむ声が出ている。
ビルは1962(昭和37)年に建設。鉄筋コンクリート造りの地下1階、地上4階建てで、敷地約1500平方メートル、延べ床面積約3000平方メートル。同社は「抜群の立地条件ながら老朽化が進むビルを再開発することが天文館の活性化につながる」と、今年3月、前所有者の企業グループから土地と建物を取得した。
関係者との協議・調整も並行して進め、借家人約20人、借地権者10人余りからいずれも合意を得たという。ビル内に出店していた借家人の飲食店も7月末までに立ち退きを終えている。
若松俊一社長は「再開発の内容はまだ白紙の状態。転売するか、自社開発するかも含め検討中だが、南九州一の繁華街・天文館が再び活気づくようなものにしたい」と話している。
関係者によると、中核店舗だったキャバレー「エンパイヤ」はビルの新築と同時に近くから移転した。豪華な内装やせり出しのステージ、生バンド演奏のダンスホールなどで知られ、夜の社交場として一時代を築いた。多いときはホステスだけで100人を超え、200−300人の客を一度に収容していたという。2001年、惜しまれつつ閉店した。
67年から16年間総支配人を務めた柏井敏夫さん(60)=同市東坂元4丁目=は「ビルは昭和の天文館のシンボル的存在だった。その灯が消えるのは時代の流れとはいえ、何ともいえない気持ちだ」と惜しんだ。