故竹下登元首相らが事務所を構えた永田町TBRビルの取り壊し計画が進んでいるそうです。記事によると現在はディベロッパーのスルガコーポレーションが所有、立ち退き交渉を進めているとのこと。
旧経世会の牙城、永田町TBRビルの解体計画が浮上 権勢にますます陰り
MSN産経ニュース:2008.6.2
故竹下登元首相ら旧経世会(現平成研究会、津島派)系の実力者が事務所を構え、数々の政局の舞台となった国会近くのオフィスビル「永田町TBRビル」(東京都千代田区)に取り壊し計画が浮上し、入居者の立ち退き交渉が水面下で進んでいる。南に隣接する「キャピトル東急ホテル」も建て替えのため休業中ということもあり、ビル界隈(かいわい)の往来は確実に減りつつある。かつて経世会の権勢を象徴していた「国会西側エリア」のにぎわいはどこへ行ったのか−。(大谷次郎)
永田町TBRビルはオリンピック翌年の昭和40年に完成。地上11階地下2階建てのオフィスビルで、政治家や企業、各種団体など約140の事務所がひしめき合う。国会から歩いて2〜3分の利便性もあり、かつては竹下、故小渕恵三両元首相や故梶山静六元官房長官、綿貫民輔国民新党代表ら旧経世会系実力者が事務所を構えた。現在も平成研は派閥事務所を置き、青木幹雄前参院議員会長、海部俊樹元首相、平沼赳夫元経産相らも入居する。
ビルはもともと都内の設計会社が所有していたが、平成16年に外資系銀行に所有権が移り、19年2月に不動産会社「スルガコーポレーション」(横浜市)が購入した。取り壊し計画はこの直後に浮上し、スルガ社は「取り壊しの具体的な時期やその後どうするかは決まってないが、立ち退き交渉を徐々に進めている」(総務部)と説明する。
すでに平沼事務所は6月下旬に自民党本部近くのオフィスビルに引っ越しする方針を決めたが、平成研などとの立ち退き交渉は難航しているようだ。
40年以上の歴史の中でTBRビルは幾度も政局の舞台となった。
竹下氏の全盛期は政財官の関係者で引きも切らないにぎわいをみせ、故金丸信自民党副総裁が事務所を置いた「パレロワイヤル」、竹下派会長代行だった小沢一郎民主党代表が入居していた「十全ビル」と合わせて「権力のトライアングル」と言われた。
平成10年夏の自民党総裁選では、梶山、小渕両氏が「首相の座」をめぐり対立。野中広務元幹事長ら派閥幹部が同じビル内の小渕事務所と平成研事務所を何度も往復して調整を続けたが、最終的に決裂。両氏が出馬表明したのもこのビルだった。
だが、平成13年の小泉政権発足後、旧経世会勢力はジワジワと弱体化。16年の日本歯科医師連盟の1億円ヤミ献金事件では平成研事務所に東京地検の強制捜査が入った。いまも何とか威光を保っているのは竹下事務所を引き継いだ青木氏だけとなってしまった。
政界にからむ人の流れは、町村派が事務所を置く「グランドプリンスホテル赤坂」など麹町方面に移行しつつあり、TBRビルを失えば、旧経世会の権威はさらに凋落(ちようらく)する可能性もある。
「権威は場所に宿る」ことを熟知している平成研重鎮は「立ち退き話なんてまだ正式には何も聞いていないわね!」と憤然と語った。